「骨と筋肉Q&A」12回目は、筋損傷が疑われる時に行われる処置「RICE(ライス)」のアイシングに関する新情報。今年3月に発表された論文の紹介です。
Q.肉離れは、すぐ冷やすと 治りが早いのですよね?
A.最新の研究では、 損傷の度合いによるようです。
スポーツの現場でケガをしたときに行う「RICE(ライス)処置」は、2020年7月12日のブログでご紹介した通り、各種スポーツや医療の現場で常用されています。 肉離れ④応急処置と治療 (wajo-kitahiro.com)
RICEの一つアイシングは受傷直後に患部を冷やす処置で、炎症の抑制や鎮痛の緩和、疲労回復を目的としています。
近年の研究で筋肉や骨などの身体組織がダメージを受けた後に起こる炎症は、回復の一つのプロセスであり、傷ついた組織を修復し再生するための反応であることが分かってきました。
ですから、アイシングで炎症を抑えてしまうと、組織の再生にブレーキをかけることになる可能性もありうる、というわけです。
事実これまでの実験検証では、筋再生が遅れたという報告と再生は阻害されなかったという報告の両方が存在し、どちらともいえないという状態でした。
ただし既存の実験における損傷モデルは、いわゆる肉離れのようなスポーツで起こるような筋収縮による損傷ではなかったのです。
そこで神戸大学の荒川高光准教授、千葉工業大学の川西範明准教授らによる研究チームは、遠心性収縮※1モデルマウスを用いて、重度な肉離れに近い損傷を受けた後のアイシングの影響を観察・検証しました。
※1
遠心性収縮
筋肉が緊張しつつ引き伸ばされる状態。筋の起始と停止が遠ざかる。力が大きく、負荷が高く、損傷につながりやすい。実験では、電気刺激による筋肉の収縮運動とは反対方向により強い力でけん引。
その研究結果は、筋損傷に対するアイシングが筋再生を遅らせることを明らかにしました。
またこの筋再生が遅れる現象には、炎症性マクロファージ※2の浸潤度が関わっている可能性を示唆しています。
※2
マクロファージは白血球の一つで、炎症性と抗炎症性の2種類がある。
●炎症性マクロファージは、急性期に損傷部に集結し、ダメージを受けた組織を取り込みんで炎症反応を引き起こす。
●抗炎症性マクロファージは、炎症性マクロファージが特性を変化させたものとされる。炎症反応を抑え、組織を修復させる物質を放つ。
アイシングを施したモデルと施さなかったモデルの比較を見ると、炎症性マクロファージの集結数は1日後・3日後まで、アイシングを施した方が圧倒的に少ないです。
5日後・7日後、その数は逆転します。
アイシングを施すことで遅れて炎症が起こり、新しい筋細胞の形成も遅れる可能性が示された、ということです。
研究成果は2021年3月25日にJournal of Applied PhysiologyにArticles in Pressとしてオンラインで発表。同4月21日付けThe New York Times誌に掲載され、反響を呼んでいます。
以上からすると、どうやら重篤な肉離れにおいては「早期回復のため、あえて冷やさない」という選択肢を取り入れた方が良さそうです。
とはいっても、急性期の激痛緩和や、軽度な筋損傷については、アイシングの有効性が否定されたわけではありません。
大切なことは、過去の常識に捕らわれずに考え、柔軟に対応していくことでしょう。
すべてにおいて自分事として、そうあるように努めたいと思います。